問題の文末が小中高と次第に命令口調になっている件

こんにちは!一度はなんでだろうと思ったことはありませんか?算数や数学などの問題文の文末が年齢が上がるにつれて高圧的になっているような気がします。

 

小学校 求めましょう

中学校 求めなさい

高校  求めよ

大学  求めよ、解け、示せ

 

あまり気になっていなくてそういえばそうだな、と思った方も多いと思います。あまり変化していることに気づきませんよね。しかし改めて並べてみてみると結構違います。私がこのことに気づいたのは高校生の時ですね。数学の問題が全然わからなくてずっと悩んでいた時に「そういえば、どうして命令口調なんだ?こっちは求めてやっているのに。」とおもったのです。簡単に言えば解けないイライラからの八つ当たりなんですけど(笑)。それでだんだん変わっているなと思いまして、自分の中で理由を考えてみました。ただの自己満足です。おそらく年齢にあわせているのだと思います。しかし、小学生ならまだわかるのですが中学校から高校での変化させる意味はあったのでしょうか。さすがに小学生に対して求めなさいというは高圧的ですし、一緒に求めましょうというようなニュアンスのほうがいいと思います。しかし、高校でも求めなさいでよかったような気が…。もう高校生なので言葉は何でもいいでしょう、ということでインクの無駄を省くためでしょうか(笑)。文字数も減ってこちら側としても読む気にはなるのでいいのですが、求めよといわれるとなんでそんな上から目線なんだよ!ってツッコんでしまいそうです。大学は高校とほとんど変わらないと思いますが、やはりすごい命令口調ですね(笑)。年齢を重ねることによる精神的な要素と、義務教育から離れていくことも関係しているかもしれません。中学校までは義務教育なので生徒側に寄り添っていく部分があるかもしれませんが、高校、大学は義務ではありません。学生として自主的に勉強をするスタンスが強くなるので問題制作側とすれば解きたい人だけが問題をやればいいというスタンスなのかもしれません。こればかりはどうにもわからないので私の勝手な推測です。

 

文末にも気を使わないといけない日本語の難しさ

この記事を書いていてふと思ったのが、アメリカなどではどうなんだろう、ということです。そこで調べてみたのですが、よくよく考えれば問題文は大体疑問詞で始まります。したがって5W1Hで始めるだけなので口調には気にする必要がないのです。日本語だと命令口調や敬語など気にすることが多いので難しいですよね。私も外国人だったとしたら日本語だけは勉強しても話せるようになれる気がしません。字体をとってもひらがな、カタカナ、無数の漢字、頭が痛くなりそうです。ですから日本語を片言でしゃべっている外国の方をみると応援したくなりますし、すごいなあと思います。

 

問題文の文末なんてなんでもいいといえばその通りです。ただ面白いなと思ったので今回取り上げてみました。年齢に応じて変えている、ということで私は結論にしたいと思います。

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