飛行機から布切れ一枚で飛び降りてもケガしない?衝撃的な実験結果を発表

ハーバード大学の衝撃的な発表の真意

実験結果の内容

実験の内容は「飛行機の中から飛び降りるときに、パラシュートをしている人とパラシュートをしていない人では死亡やけがをするリスクは変わるのか」という内容です。そんなの、パラシュートをしていたほうがリスクが低いに決まっているではないか、と思いましたよね。実験をしたのは世界的権威のあるハーバード大学の本物の医療専門家の人たちです。発表された結果はなんと

パラシュートをしていてもしていなくても、死亡、ケガをするリスクは変わらない

というものでした。そんなことがあり得るのか?と思いますよね。私も記事を初めて聞いたときはどういうことだ、と急いで続きを読みました。実験の仕方はパラシュートの入ったリュックを背負った人と、何も入っていないただのリュックを背負った人それぞれに飛行機から飛び降りてもらうというものです。実験に協力したのは18歳以上の男女28名をランダムにグルーピングして行ったそうです。そうして行われた実験の結果がなんとケガをするリスクが変わらないという信じがたい結果となった。

この実験には大事な条件が含まれています。それは

飛行機が飛んでいなかった

ということです。そう、飛行機が上空を飛んでいなければ飛び降りるといっても車から乗り降りするのと大して変わりません。飛行機という単語から自然と上空を飛んでいることを思い浮かべてしまいましたが、そうではなかったら納得です。誰もケガも死亡もするはずもなく、パラシュートをつけてもつけなくても、けが人0人という結果は至極当然なことです。

そんなの子供だましじゃないか!と怒った人もいるかもしれません。しかし、これにはちゃんとした意図が込められています。ではこの発表の真意とは何でしょうか。

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物事を批判的に見る大事さ

どんな記事が、研究結果が発表されてもすぐにうのみにせずに批判的に考えることの大事さを説いています。実験の前提条件が変わればその実験結果も全く違うものとなります。自分の中でそこを意識できるかどうかが、大量の情報がはびこるこの情報社会で生きていく上では大切なのです。いわゆるメディアリテラシーといわれるものです。

その通りだなと思いました。極端な話になりますが、このニュースを仮に見出しだけみて、詳しい内容、前提条件も見ずに信じたとしましょう。飛行機から上空で飛び降りなければならない場面に出くわしたらどうなるでしょう。パラシュートをつけるように指示されて、それを無視して飛び降りれば大変なことになるでしょう。極端な話ですが、場合によっては命にかかわることもあるということです。そんなのあり得ない。どんな実験を行ったのか?まずこの入り方ができるように普段から意識したいと思います。みなさんもこれを契機に皆さんも物事を批判的にみる姿勢をとれるように心がけていきましょう。

スマホの普及で人間関係は本当に薄くなるのか

スマホが生活の中心に

近年、スマホの普及と発展が目覚ましく、スマホ一つで何でもできるようになりました。スマホがあれば、電話も、メールも、調べものも、ゲームも、いつでもどこでも世界中のどこにいる人とも手軽にやり取りができます。しかし、このようにして技術が発達するほど、人間関係が希薄化していると懸念している人もいます。実際のところ、どうなのか、検証していこうと思います。

スマホと人間関係

スマホがもたらす悪影響

1.目の前の友人との会話数の減少

友人とご飯を食べているのに、家族と食卓を囲んでいるのにみんなスマホをみて黙り込んでいる、よく見る光景だと思います。せっかく目の前に友人がいるのにどうしてしゃべらないのだろう、と思うこともよくあります。例え、今話さなくても、用事ができたときに連絡すればいい、と考えているのでしょう。確かに、スマホの普及でリアルに友人と接する時間の密度や直接交わす会話数が減少していることも事実だと思います。

2.多忙により人間関係に疲れやすい

メールやメッセージアプリを使えばだれとでもやり取りができます。これは裏を返せば日常の中で、「返信しなければ」という義務感の中でやり取りをしがちになるということです。それにより、どうでもよい会話で話をつないだり、スタンプを送るだけ、といった形式だけの薄っぺらい会話になっていることあるかもしれません。

 

スマホがもたらす好影響

1.遠く離れた友人との関係が保てる

かなり昔に遡れば、手紙でやり取りをしていた時代は現在ほど、多くの情報を短時間でやり取りするのは不可能です。しかし、今では今起こったこと、伝えたいことを瞬時に伝えることもでき、通話もビデオ通話で顔を見ることもできます。手紙の時代は、「どんな返事が来るかな、次は何を書こうかな。」と友人について考える時間がたくさんあったという人もいますが、現在でも、短いやり取りの中でも「なんて返そう、どう返してくるかな。」と考えることは結構あります。そこに大きな違いはないと私は思います。

2.話のネタに困らない

自分の手元に話題の種がたくさん埋まっています。一緒にゲームを楽しんだり、最新のニュースをゲットしてそれについて議論したり。一緒にいるならゲームなんてしてないで話をしろよ、言いたい人もいるかもしれませんが実際のところ、ゲームによって距離が縮まることも多く、特に男子にとってはむしろゲームから関係が深くなっていくことは普通のことだと思います。そもそも、私はゲーム友達も立派な友人だと思いますしね。

3.約束事、計画を立てやすい

遊びに行く約束、食事会の計画などが短時間でまとめやすくなりました。したがって、頻度も自然と多くなるものです。リアルが薄くなりがちといわれますが、日常会話がたとえ減っていたとしても、こうしてイベントなどを作り集まる回数は確実に増えています。

 

私の思うこと

私は関係が薄くなったとは思いません。昔は昔の関わり方があり、今は今の関わり方があると思います。手紙には手紙の良さがあるし、メールにはメールの良い所があります。直接話している時間と密度だけが人間関係ではありません。スマホを通じて話す時間も人間関係は濃くなっていきます。遠くに離れてしまった人思関係が続くなんてすごいことだと思いませんか。

ただ、直接話す時間も大事だとも思います。ご飯を食べているときくらいは会話を楽しんでほしいし、家族団らんの時間も意図的にとって、直接話す時間もうまくとってほしいなと思います。

無人島に3つ道具を持って行けるなら

こんにちは!最近よく見る自分で勝手に設定を作ってその考察を行っていくコーナーです。今回はもしも無人島に島流しされるとし、持っていけるものは3つと言われたら何を持っていくか、ということです。よく議題として取り上げられることのある内容だと思います。私も自分自身の考えを持ってみようということで考えてみました。

 

そもそも方向性として二通り考えられます。一つは生き延びるために何が必要かを考え、道具を選ぶ方面。もう一つは無人島に流されたらもう終わりと考え自分のやりたい事をやりたい放題するためのものを持っていく方面、この2つが考えられます。私は間違いなく前者です。絶対に何としてでも生き延びたいという考え方の持ち主なので(笑)。

 

では、何が必要か。考えるに3つは別の用途であるほうが効果的と考えます;。食糧確保に全振りしてしまうと生活環境が十分でなくなってしまいます。バランスを考えた結果私が選んだ三つの道具は

 

①サバイバルナイフ

②ライター

③釣り竿

 

私が考えたのはこの三つです。一つ私独自だと思うのは③の釣り竿ですね。よく出る答えでは魚は何とか捕まえれるようなニュアンスですが、私は魚を捕まえる道具がしっかりないと捕まえるのは難しいと思うからです。思ったより魚は動きが早くとてもじゃないですがすででは無理です。自信がないので確実に食糧確保できる道具を一つは、と思い釣り竿を選びました。釣り竿のほうが動きが少なく暇つぶしにもなっていいかなと思います。

 

①は木の枝を切ったり木の実を割るのに欠かせません。焚き木をするにも薪がないとどうにもなりません。圧倒的に使えるものが少なく、自然界の天然物を人間が使いやすいように加工できる刃物は必須だと考えました。

 

②は人間が生きていくうえで欠かせないものであり、大げさに言うと人間である象徴でもあると思います。火を扱える動物それつまり人間、と言っても過言ではないと思います。火は夜のライト替わりになりますし、魚を焼くこともできますし、寒さから守る暖房の役割を担うこともできます。そんなの、自分で石と葉っぱを使っておこせ、と言われるかもしれませんが、よく芸能人が挑戦して失敗するように私には絶対できないかな、と思うから、簡単に火が起こせるライターをもっていくかな、と思います。本当はアルコールがなくなったら終わりなので、原料だけで火が起こせる道具があればよいのですが、私は持っていないので止めておきました。

 

私は今回は生き抜く上で欠かせないものを順番に挙げていく正攻法で行きました。ほかにも睡眠こそが至高ということで安眠グッズやふとんという手も悩みましたが睡眠は我慢することしました(笑)。

問題の文末が小中高と次第に命令口調になっている件

こんにちは!一度はなんでだろうと思ったことはありませんか?算数や数学などの問題文の文末が年齢が上がるにつれて高圧的になっているような気がします。

 

小学校 求めましょう

中学校 求めなさい

高校  求めよ

大学  求めよ、解け、示せ

 

あまり気になっていなくてそういえばそうだな、と思った方も多いと思います。あまり変化していることに気づきませんよね。しかし改めて並べてみてみると結構違います。私がこのことに気づいたのは高校生の時ですね。数学の問題が全然わからなくてずっと悩んでいた時に「そういえば、どうして命令口調なんだ?こっちは求めてやっているのに。」とおもったのです。簡単に言えば解けないイライラからの八つ当たりなんですけど(笑)。それでだんだん変わっているなと思いまして、自分の中で理由を考えてみました。ただの自己満足です。おそらく年齢にあわせているのだと思います。しかし、小学生ならまだわかるのですが中学校から高校での変化させる意味はあったのでしょうか。さすがに小学生に対して求めなさいというは高圧的ですし、一緒に求めましょうというようなニュアンスのほうがいいと思います。しかし、高校でも求めなさいでよかったような気が…。もう高校生なので言葉は何でもいいでしょう、ということでインクの無駄を省くためでしょうか(笑)。文字数も減ってこちら側としても読む気にはなるのでいいのですが、求めよといわれるとなんでそんな上から目線なんだよ!ってツッコんでしまいそうです。大学は高校とほとんど変わらないと思いますが、やはりすごい命令口調ですね(笑)。年齢を重ねることによる精神的な要素と、義務教育から離れていくことも関係しているかもしれません。中学校までは義務教育なので生徒側に寄り添っていく部分があるかもしれませんが、高校、大学は義務ではありません。学生として自主的に勉強をするスタンスが強くなるので問題制作側とすれば解きたい人だけが問題をやればいいというスタンスなのかもしれません。こればかりはどうにもわからないので私の勝手な推測です。

 

文末にも気を使わないといけない日本語の難しさ

この記事を書いていてふと思ったのが、アメリカなどではどうなんだろう、ということです。そこで調べてみたのですが、よくよく考えれば問題文は大体疑問詞で始まります。したがって5W1Hで始めるだけなので口調には気にする必要がないのです。日本語だと命令口調や敬語など気にすることが多いので難しいですよね。私も外国人だったとしたら日本語だけは勉強しても話せるようになれる気がしません。字体をとってもひらがな、カタカナ、無数の漢字、頭が痛くなりそうです。ですから日本語を片言でしゃべっている外国の方をみると応援したくなりますし、すごいなあと思います。

 

問題文の文末なんてなんでもいいといえばその通りです。ただ面白いなと思ったので今回取り上げてみました。年齢に応じて変えている、ということで私は結論にしたいと思います。

Why American people?!

こんにちは!すこし前に厚切りジェイソンの日本人の使う日本語に対する疑問点をぶつけていくネタがはやりましよね。そこで今回は、逆に日本人()が疑問に思った英単語の語源についてお話していこうと思います。英単語を覚えるのに役立つかもしれません。

 

Pineapple(パイナップル)

何かのリンゴ?とスペルを見ると思いますのね。これは、pineというのは松という意味の英単語であり、パイナップルの見た目が松ぼっくりによく似ていて、リンゴのような甘い香りがすることから名づけられたそうです。

 

Watermelon(スイカ)

そのまま読むと水のメロンですよね。その通りで水分が大量に含まれた瓜から名づけられたそうです。今は漢字で西瓜と書きますが、昔は水瓜と書いていたこともあるほど、水分を多く含んだ瓜として知られていたようです。

 

Eggplant(ナス)

ナスの英単語を初めて知ったときはなんで?と思った人は多いと思います。直訳すると植物版たまごといったところでしょうか。卵とナスの共通点があまり見えてきません。これは、一般的に知られているナスが日本とアメリカでは異なるからです。日本ではナスというと紫色の細長い実をイメージしますが、アメリカでは白色の丸いナスの実が食材として使われ、イメージされているのです。だからまるでたまごのようだということでeggplantと名付けられたそうです。国が違えば知られているナスの種類も異なるんですね。それを知らず、紫をイメージする日本ではあまりピンとこないのも納得です。

 

Green onion(ネギ)

日本語ではネギと玉ねぎなので、ネギのほうが主役なのかと思われますが、アメリカではgreen onion onionなので玉ねぎのほうが主役です。言葉だけでも文化の違いが見れるのは面白いですね。日本は、玉ねぎはネギの球根というニュアンスで付けたのでしょうが、アメリカではネギは玉ねぎの緑色の葉っぱの部分というニュアンスで付けたのでしょう。現在売られているネギは玉ねぎに生えている葉ではなく、ユリ科の植物です。見た目が似ているからなのか、昔はねぎとして食べていたのかそう名付けられました。

 

Green pepper(ピーマン)

ピーマンは唐辛子の一種に数えられているからです。胡椒black pepperというようにpepperは唐辛子という意味を持つ英単語です。したがってピーマンはナス科に当たりますが、唐辛子の栽培品種に分類される緑色の唐辛子なのです。ややこしいですね(笑)では、パプリカは同じナス科で唐辛子の栽培品種なのでred pepper, yellow pepperというのか、というとそうではなくて、こちらは普通にpaprikaのままです。

 

他にも意外な名前がついている野菜や果物があったら是非調べてみたいものです。知らなかったことや驚きの事実が出てくるかもしれません。こうやって語源を調べると英単語もイメージしやすくなって覚えやすくなると思います。ついでに納豆は英語でもnattoです。腐った大豆なんて名前がついてなくてよかったです(笑)。

テレビとYouTubeの関係

こんにちは!普段の生活の中で仕事をする時間と、リフレッシュする娯楽の時間に二つが存在しますよね。多くに人たちに娯楽に時間を与えてきたのはテレビではないでしょうか。ラジオからテレビと主役は移り、今は、テレビとYouTubeの二大巨塔になっていると思います。そんな今ライバル関係にあるテレビとYouTubeの今後の関係について考えていきたいと思います。

 

近年、スマートフォンの普及に伴って、YouTubeという新たなプラットフォームが急成長してきました。YouTuberという職業が新たに生まれ、YouTuber事務所や、動画制作を支援、お手伝いするサポート事業も多く生まれています。すでにYouTubeは多くの人とお金が動くビジネスになっているのです。小学生がなりたい職業ランキングでも上位に食い込むほど認知度、注目度もあります。今現在のテレビとYouTubeの線引きをしてみました。テレビの場合、テレビ局が人を雇い、企業から広告料をもらうことで番組制作費を捻出し、テレビ番組が出来上がります。一方でYouTubeは個人で器具をそろえ、動画を撮り、編集してチャンネルを運営しています。いわば一人テレビ局のようなものです。そして再生数から広告料をもらって生計を立てています。しかし、ここ最近、この線引きでは区別できなくなってきています。それは、YouTubeチャンネルを多くの人で役割を分担して運営する人が多くなってきたからです。一人ですべてをこなすのは厳しいので、動画を撮る人と編集する人のような分業制がとられていることも多いのです。したがってだんだんと、テレビに近づいているような気がします。加えてごく最近ですがいわゆるテレビ側に人間である芸能人がYouTube界に進出してきています。一方でテレビ番組の視聴率は低下傾向にあります。視聴率の低下は番組の録画機能の向上やスマホからでも番組を見れるポータルサイトの普及が影響していることもあるので一概には言えませんが、YouTubeが今生き王に乗っているのは間違いありません。それを無視できなくなっているからこそ、芸能人がYouTubeを利用した企画を作り始めたのですから。テレビでは今の時代あまり攻めた企画ができなくなってしまったのが勢いがない理由なのかもしれません。

 

ここからは私の勝手な想像です。私はテレビ自体はなくならないと思います。なぜなら、ラジオも現在も現役であるからです。ただし、テレビ側がYouTube側に歩み寄った構図になっているのではないかと思います。YouTuber側は分担性が普及しある程度の集団でチャンネルを運営していることが考えられ、テレビ局側はよりYouTubeのファン層を取り込もうと、YouTubeチャンネルをつくって番組を流したり、テレビ側にYouTuberを出演させる、芸情人として扱うようになるのではないかと考えました。

 

ただ、今のYouTubeの立ち位置としては、隙間時間に見るスタンスなので、人の空き時間には限界があり、すでにYouTuberは飽和状態にあるのでここから新規参入するのはかなり厳しいかもしれません。大物YouTuberから隙間時間にあてる時間を奪わないといけなくなるので。今後二つの関係はどう展開していくのか見ものですね。

もしどこでもドアが実現したら

こんにちは!すこし前に自分で勝手に仮説を作ってそうしたら現実世界はどうなるのか考えると、いい暇つぶしになりますよ、という投稿をしました。今回は、どこでもドアが実現した世界について勝手に考えました。アニメ、ドラえもんに出てくる、行きたいところにすぐに行くことができる実現したら最高に便利な空間をつなぐ道具です。もしこれが実現し、普段の生活での移動手段がどこでもドアになったら意外にもいい面ばかりではないと、私は思いました。今回の考察は私の勝手の知識と考えたことなので不確かであり、こんな考え方もあるんだという程度で読んでいたただけると幸いです。またどこでもドアは国境を越えれず、セキュリティーやプライバシーが保証されていることを前提にしています。

 

①多くの人の職が消える

自動車や鉄道といった多くの事業が縮小し、その道の職がなくなる可能性があります。自動車産業だけでもすごい数の人が関わっているので重大な問題です。

 

②通販の価値が危うい?

最近はスマホで簡単に購入できる通販がすごく発展してきしたが、この分野は進化するか衰退するかどっちかだと思います。進化するならば、運送業者側がどこでもドアによって運送時間が大幅に縮小してより便利になる。一方で縮小するならば、通販は店までの移動時間を縮小できるという強みがどこでもドアによって必要なくなる可能性があるということです。ただし、人前で買い物しなくてよいまだまだ有益な面もあるので生き残ると私は思いました。

 

③有名企業、難関中高大の倍率の激高

就職する企業、入学する大学を決めるうえで大きな要素の一つが場所。家から通える距離なのか、周りの環境がどうなのか、考える人は多いと思います。それがどこでもドアによって考慮する必要がなくなるので地方の人でも有名どころに家から通えるとなれば希望者はかなり増えると思います。

 

④過疎化、人口集中の緩和

これはプラスに働く要素です。東京などの都市に人が集まってくる理由は、都市に努める企業があったり、周辺が栄えているからではないでしょうか。それらのメリットはどこでもドアにより消えるので、わざわざ人の多い都会で暮らすより地方に家を構える人も増えるんじゃないかと思います。これはいい傾向ですよね。

 

⑤近所という概念が消える?

玄関から外にでることが格段に減るし、家の近くの学校に行く理由もなくなるからです。家に近いから仲良くなったということ自体まれになりそうです。すぐにでも仲の良い人の家に飛んでいけますからね。自分の家の周りにどんな人が住んでいるのかわからない世界があったら少し悲しい気もします。

 

どうでしたでしょうか。格段に便利になるかもしれませんが、意外にもいい面ばかりではないかもしれません。技術的に実現しないかもしれませんが夢のある道具ですよね。暇つぶしにぜひやってみてください。意外と真剣に考えるのも面白いですよ。